東京高等裁判所 昭和49年(ラ)636号 決定 1975年1月29日
抗告人
福田季広
右訴訟代理人
江尻平八郎
被抗告人
那須利夫
主文
原決定を取消す。
被抗告人の異議申立を却下する。
申立費用は第一、二審とも被抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「抗告状」のとおりである。
本件事実関係の要旨は、一件記録によれば、抗告人は、被抗告人に対し金九〇〇万円を貸付け(利息は日歩三銭、本件(一)及び(二)の土地(原決定添附物件目録記載の畑二筆)につき抵当権の設定を受けたとして本件競売を申立て、右債権を請求債権とする競売開始決定を得たが、実際は、貸付元金七〇〇万円、利息月三分であつたうえ、利息の天引や利息制限法超過の利息支払があり、これを同法所定の制限によつて計算すると、本件競売申立時において抗告人の有する被担保債権額は元利計金六六六万五二〇八円にとどまるというものである(その詳細は原決定一丁裏九行目から三丁裏五行目までに判示のとおりである)。
しかるところ抗告人は、被担保債権の額如何の問題は、元来本訴訟手続で審理判断されるべく、仮に然らずとしても配当異議として争われるべきだと主張する。しかし、強制競売におけると異り、本件の如く抵当権に基くいわゆる任意競売にあつては、債務名義なるものが存しないのであるから、基本となる被担保債権ないし担保物権の存否等の審査は、競売手続の形式的要件の審査と共に同手続内でも行われざるを得ず、従つて被担保債権の額如何は本訴訟手続においてのみ審査されるべきであるとする抗告人の第一次主張は失当といわざるを得ない。
しかしながら、任意競売にあつては実体的審査をも行い得るといつても、開始決定に対する異議事由として被担保債権額の相違をも主張し得るか否かは亦別個の観点から考えられなければならない。即ち、競売法二四条二項三号の競売申立の要件及び同法二五条二項において競売開始決定の要件として、各その表示を要求せられる「競売ノ原因タル事由」中に被担保債権の存在及び額の表示を包含することは当然であるが、右は競売手続の開始及び進行のため、その基本の一たる被担保債権を特定することを主たる目的とするのであつて、債務名義なるものの存しない任意競売にあつては、右の表示をもつて当該債権の存在及び額を確定するものでないことはいうまでもない。
ただ右のうち、債権の存否(原始的な存否の外、完済等の後発的事由による債権の消滅、期限未到来・履行猶予等を含む)については、もし右かつこ内のような事由があるときは、じ後の手続を許すべきものではないから、これを開始決定に対する異議事由として採りあげ、その段階において審査を為し、当該競売手続自体の去就を決すべき必要がある。
しかし、債権の存在することを前提としたその額の如何は右と趣を異にする。もとより、競売開始決定における債権の表示は、その額においても客観的事実と一致するのが望ましいし、又そこに喰違いのあるときには、これを正しておく方がじ後の手続の明確化・安定化のために好ましいとはいえよう。だが翻つて考えてみるに、抵当権等の担保物権はいわゆる不可分性を有し、その被担保債権がたとえ僅かでも残存する限りその抵当物件全体に効力を及ぼし得るものなのであり、右の理は、競売開始決定における債権額の表示が実際より過大であつても、その全部が不存在でない限り同様であるから、そのような場合でも競売手続は原則として当該抵当物件全体についてこれを進行し得べく、ただ民事訴訟法六七五条の過剰競売に該るような特別の場合にのみ制限があるものと解するのが相当である。
以上によれば、任意競売においては、債務名義が存せざることより法律上被担保債権の確定なる観念の存せざること及び担保物権の不可分性よりして、たとえ開始決定における債権額が実際より過大であつても、特別の場合を除き右を開始決定に対する異議事由として肯認するに足る法律上の利益に乏しく、右に不服ある者は配当ないし配当に準ずる段階において配当異議等の手段をもつてこれに対処すべきものと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、前叙の如く本件開始決定における被担保債権額の表示は実際より過大であるけれども、未だ相当額が残存しているのみならず、右残存額が上述のとおり少くとも金六六六万余円であるのに対し、本件各土地の評価は一件記録によれば本件(一)の土地が金三三八万八千円、同(二)の土地が金三六四万七千円相当と認められるから、本件は過剰競売の場合にも該当しない。その他一件記録を精査しても、特に例外を成すべき事由を見出すことができない。
とすると、被抗告人の為した本件異議の申立は結局不適法なものというの外なく、従つて右申立を認容した原決定を取消して右申立を却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を準用し、主文のとおり決定する。
(古山宏 青山達 小谷卓男)